heppoco2006-11-01

ごはん
納豆
 
子供のころに大きく見えたものが、大人になると小さく見えるという経験は、大人であれば誰もがしていると思う。かつて通っていた小学校の校舎は、なぜあんなに小さく見えてしまうのだろう。
この疑問はよく誤解される。というのは、体が大きくなったからじゃないかとかそういう答えが返ってくるからだ。それはそれで疑問に答えているような気もするけれど、私が不思議なのは、小学校の校舎が小さく見えるのなら、それは一体、何と比べて小さく見えるのかということである。
ものが大きいとか小さいとかは、比較対象があってこそ成り立つ話だ。「校舎が小さく見える」ためには、たとえば校庭のブランコなどの比較対象が、校舎ほどには小さくなっていないことが条件である。しかしもちろん、そんなことはありえない。ブランコも校舎と同じように小さく見える。じゃあ、何の大きさが変わったのだろう。

餅は、小さくなっている。こんなことはありえない。でも、小さくなったというためには、この餅のように小さくならないといけない、と言いたい。つまりちゃぶ台の大きさは同じでないと、餅の大きさの変化はわからないのだ。*1
すべてのものが小さく見える、というのはどういう状態なのだろう。視野の広さがかわったということか?それもちがうよなあ。やっぱり自分の体が大きくなったからだろうか。うーん、なんか納得できない。
ところでアンパンマンを久しぶりに見ても、小さくなったとは思わなかった。
 

*1:関係ないけどこういう絵をぱぱっと書けるIllustratorはすばらしいソフトだなあ。