進化論で誤解しがちなのは、「繁殖するためにそうなった」という解説である。これは因果が逆だと思う。「そうなったから繁殖した」のだ。
あらゆる動植物の生態を知れば知るほど、ものすごい奇跡的なバランスの上に成り立っていると感じる。だけど、人間がこのような姿かたちと生態をもって繁殖するようになった事実の裏には、人間に進化できずに死んでいった数え切れないほどの生命がいることに思いをはせよう(本来の目的を果たせないまま捨てられた精子を含め)。私たちは事実存在する人間しかしらないから、それが奇跡的だと感じる。でも、たまたま地球の生態系の中でうまくバランスを取れた祖先が人間として生き残れただけなのだ。下手な鉄砲もたくさん撃てばそのうち当たるが、人間になりきれずに当たらなかった弾がどれだけ多かったのだろう。でも当たった弾だけが残っているから、それだけを見て勝手に奇跡とみなしてしまっているのだ。
このことが理解できている人は、なぜ自分は生まれてきたのだろうとか、人生の意味について考えたりはしない。たまたま生まれて繁殖してゆくプロセスのひとつとして自分が生きているだけである。だから生きることに意味や目的を求めるのは、間違いである。私たちの祖先だって、そんなことを知らないままこうして繁殖してきたのだから。