速読というのは要するに脳の情報処理能力の「たが」を外す技術のことを言うらしい。目で物を見るとき、瞬時にものすごく大量の情報を処理しているのだから、文章を読むときにもそれと同じように高速に処理できるというわけだ。トレーニングをしないと速読ができるようにならないのは、文章をゆっくり読むという長年の癖のようなものが邪魔をしているからだという。
そういわれてみると、ある程度展開の先を読みやすかったり、単なる風景描写の文章なら、私にも速読はできそうな気はする。でも、考えることが必要な文章だと無理だろうな。速読は、頭の回転を速くする技術ではないらしいので。
私は速読のことをある種の宗教ちっくなものとしてとらえていたけど、案外そうでもないかもな。