今日は29歳の誕生日。よく今まで生きてきたもんだ。無力感と疎外感、挫折と後悔に満ちた28年間だった。たぶんこれからもそうなのだろう。おそろしや。
私は自分が何のために生きているのかと考えたことがない。私はたまたま生まれてきたんだ、と物心ついたころから理解していた。理由はないのだ。死ぬのは嫌だから生きるしかないとあきらめていた。そこに不思議はない。
今の調子でいけば、生涯独身のままだ。自分の子供を作れないだろう。人類が誕生して何万年か忘れてしまったけど、途方も無い年月を重ねてごせんぞさまが積み重ねてきた遺伝子を、私の代で途絶えさえようとしている。
コーヒーを飲みながら、ワニが美しい鳥を水の中へ引きずり込む映像を見ていた。私の遺伝子は、鳥がかわいそうだと感じる。でもワニが鳥を逃してそのまま飢え死ぬのもかわいそうだ。結局誰かが犠牲にならなければならない。私の遺伝子は、その現実をつらいことのように感じる。遺伝子は生命の危機を好ましくないように感じるようだ。そういうふうにできているからこそ、長い歳月で生命の危機を逃れ生き延びてきたわけだ。
でも・・・私の代で私の遺伝子がなくなってしまいそうであることは、なぜ悲しくないのだろう。
ワニが私の人生をつづったDVDを見たら、生涯独身のままのたれ死んでゆく私をかわいそうに感じ、涙を流すだろうか。