マックポーク
チーズバーガー
 
家の前の神社で祭りをやっているせいで、出店がマンションの表口を塞いでいる。裏口から出入りしなければならない。私にとっては何のメリットもないのに、こんなことを勝手に許可してもらっては困る。なんとも迷惑な話だ。
しかしご近所で行われる催しだから文句は言うまい。せっかくなので祭りを見に行ったが、むっちゃ人多かった。神社の舞台の袖で太鼓をたたいている人がいた。なにか始まる様子だった。しばらく見ているとお面をかぶった芸人がでてきて舞踏をし始めた。
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能のような感じがしたが正直よくわからない。3人出てきて、せりふがないまましぐさだけで話が展開してゆく。関係者らしきおじさんからもらったパンフレットを見ると、江戸神楽という種類の芸能であるそうだ。こんな芸能に興味ない人を対象にしているためか、見た目ほどには格調高くなく、芸が若干クサい。うーん、まあ一度はこういう芸能を見たいと思っていたので、タダで見られてラッキーではあったが、あんまりいいとは思えなかった。
 

為末大 走りの極意

為末大 走りの極意

為末という人は私より学年が2つ上で、中学時代に陸上競技の雑誌に掲載されているのを見たのがきっかけで知った。この人は今でこそ銅メダルを獲得しているが、当時から本当にものすごい人で、とにかく尋常でなかった。100m、200m、400m、幅跳び、高跳び、砲丸投げまで、何をやらせても飛びぬけた力を発揮する人だった。
だから私にとっては400mハードルの選手というよりは、いまだに中学時代のオールマイティーな人というイメージが強い。
だけどこの本では、中学時代の実績は単に「早熟だったから」の一言で片付けられてしまう。まじかよ。たしかに言われてみれば、高校、大学ではあんまり彼の活躍は目立たなかったな。でも早熟なだけであんな記録を残せる人もかつていなかったのだが。
それはまあいいとして、この本は彼が編み出した独特の走法が紹介されていて大変参考になる。ごく簡略化すると三段跳びのようにポーンポーンと弾むように大きなストライドで走る、というものだ。
理屈はともかく、6年間短距離をやってきた私にとってはこれが実感としてよくわかる。なぜならタイムトライアルなんかで全力でピッチを上げて走るのと、90%くらいの力で楽に弾むように走るのとでは実はほとんどタイム差がないどころか、後者のほうが早かったりしたからだ。ところが私の中学高校時代の指導者は「短距離はピッチが命だ」みたいな思想を持っている人だったからそういう気づきを実戦で生かすことはできなかった。無念ぢゃ。
実は陸上競技の短距離というのは、根拠レスのトンデモ常識がまかりとおる業界である。ひざを高くあげろ、ピッチを速くしろ、前傾姿勢を保て、腰を高い位置に保て・・・はいはい。でもなぜそうしなければならないのかをきっちり説明できる人はほとんどいない。たまたま強い選手がそうだからそれをまねすれば速くなる、という理由でそんな常識が確立されてしまっているだけだ。
この本では、なぜ為末の考案した走法がよいのかがきっちり説明されて・・・いればよかったのだが、そこんとこがイマイチ弱い。私は実感としてこの本に書かれている走法が正しいと思っているけれど、なぜ正しいのかはよくわからない。
本当のところは、最速の走法というのは個人によってぜんぜん違うのだと私は思う(現に末續の走法は為末とはぜんぜん違う)。要は短距離選手としてある程度のとこまで行くには、若干の才能と、自分に最適な走法をいかにして見つけるか、の2点に尽きる。だから中には為末の編み出した走法が「実感として」間違っていると思う人も当然いる。それはたぶん当たり前のことなのだ。
ひとつ確実にいえることは、短距離が速くなるための絶対的な処方箋はないということだ。指導者が固く信じて疑わない(いわゆる膝を高く上げる等の)常識に、一度は反抗してみるべきである。その意味で、常識破りの走法が紹介されているこの本はすばらしい。たぶん陸上競技の進歩は、絶対に正しい理論の確立によってではなく、独自の走法を編み出した走者の成功によって、もたらされるのだ。