ミートパスタ
 
携帯電話で話している女の子が家の前の通りにいる。顔はかわいいが、うるさい。かわいいのはどうでもいいが。立ち止まって話しているんではなくて、かなりの広範囲をうろうろしてぎゃあぎゃあ笑っている。ああようやく向こうに行ったなとほっとしたらまた戻ってきて話している。聞いてみると他愛も無い話だ。何の用事があるというのか。きっと何もない。
きっと何もないのだ。私は惨めな気持ちでいっぱいになる。切ないなあ。私は携帯電話を使うのもきらいだが、使っている人を見るのもきらいだ。きっとみんなもそうだと思う。
携帯電話で大声で話すのが迷惑と言われるのは、うるさいからではなくて、たぶん周囲が惨めな気持ちになるからなのだ。
 
ここ一週間で3回ほど銭湯に行っている。一回430円なので私にとっては贅沢な娯楽だが、食堂のカレーライスとサラダの組み合わせが400円であることを考えれば(あと死ぬほど退屈な飲み会が5,000円と考えれば)使い甲斐のある金額と思う。
3回とも別の銭湯に行った。それぞれに特色というか、生き残りにかけたそれなりの必死さがよい。「それなり」というのがポイントで、本気で必死になってしまうとスーパー銭湯のようになってしまうのだろう。町の銭湯の脱力感が気に入っている。
1回目に行った銭湯は家から一番近いところで、こぢんまりとしているが清潔感があるところだった。2回目は日替わりの薬湯があるのがよくて、3回目(今日)は脱衣場から見える庭がよかった。
今日は帝国湯という東京屈指と評判の名銭湯にいくつもりだったのだが、あいにく月曜は定休日だったよう。その帝国湯の前まで来てがっかりしていると、酒臭い下町のおっさんが近づいてきて「あんちゃんここの銭湯に来たのかい」と言う。
「そうなんですが、休みみたいですね」
「うーん、そうみたいだ。なんで休みかな」
「月曜は定休日みたいですね」
「あ、月曜は休みって書いてある。次の休みも月曜みたいだね」
「だから月曜は定休日なんでしょう」
「ここの銭湯はねえ、この近所では一番古い銭湯でね、でっかくて気持ちがいいよ」
「残念やなあ」
「はは、残念かい。でもこのあたりには銭湯なんていくらでもあるんだよ。そこを左に行くとすぐにあるし、こっちにもこっちにもある」
「ははあ、そうですか。じゃちょっとぶらついてみますわ。ありがと」